チャーリーとチョコレート工場は何を伝えたい?意味を考察!

ティム・バートン監督のヒット映画『チャーリーとチョコレート工場』は、コメディでありミュージカルでありファンタジーといった、とても奇妙で楽しい映画ですよね。

  • でも観終わって結局、何を伝えたいのだろう?

と疑問に思うことはなかったでしょうか?

この映画にはどんな意味が込められているのか、怖いし気持ち悪いと思う人もいる中で、なぜかクセになってしまうこの感じは、一旦何なのでしょうか?早速確認していきましょう!

目次

【考察】チャーリーとチョコレート工場が伝えたいこと

映画で伝えたいことを考察するものの、感じ方や受け取り方というのは個人の自由ですし、それぞれが異なる意見を持っていて当然です。ですので、こちらは私が感じたことの意見になりますが、伝えたいことを考察してみます。

①家族の存在の大切さ

おそらく、『チャーリーとチョコレート工場』を観終わった誰しもが、

家族ってやっぱり大切なんだな

という感想を持つと思います。

それは、ウォンカがチャーリーに付き添ってもらって父親に会いに行き、家族とのトラウマを克服したシーンや、チャーリーが工場よりも愛のある家族を選んだシーンから、感じることが多いかもしれませんね。

この映画に貫かれているテーマは、やはり「家族」だと思います。

ただ、チャーリーのようにみんなが仲良くて貧乏でも喧嘩なく過ごせる家族というのは、なかなか難しいかもしれません。それよりも、みんなの共感を呼ぶのはおそらく、ウォンカの方でしょう。

子ども時代に自由を与えてもらえず、家出した彼は、父親を恨んでいると同時に、やはり寂しく思っていたのです。気分が落ち込んだときや困った時に頼れる人がそばにいないということが、どれだけつらいことか、今回の工場見学の後に、ウォンカは気づきましたよね。

それに気づかせてくれたチャーリーはずいぶんと大人です。そんなチャーリーとウォンカの対比もまた、この映画のコメディ要素として随分良い仕事をしています。

②両親・家族への戒め

テーマは「家族」ですが、必ずしも家族の良い面ばかりが描かれているわけではありません。

  • ウォンカの父親
  • 招待されたチャーリー以外の4人の子どもの親たち

には、共通点があると思われます。それは、

親のエゴが子どもに悪い影響を与えることがある

ということです。

エゴ、という言葉は少しキツすぎるかもしれませんが…、少なくとも、親の考えが子どもにもろに影響していることがよくわかりますよね。

たとえば、オーガスタスの母親は、子どもが好きなものをたらふく食べさせてあげたいという思いを持って、あの食いしん坊ぶりを放置してきたわけですし、バイオレットの母親はもはや自分と娘を同化させていて娘の評価=自分の評価となり、娘に「勝つことこそが正」という価値観を押し付けてきました。

また、ベルーガの父親は、娘に気に入られたいばかりに、あるいは、娘のしつけを放棄した結果、わがまま放題の娘にしてしまっています。マイクの父親は、ゲームさせ放題で数字や論理ばかりに価値を置き、マナーがあまりなっていない無謀な息子になっています。

ここでは、子育て論や育児の良し悪しの話ではありません。大小あるにしても、どんな親でも知らず知らずのうちに、良くも悪くも子どもに影響を与えてしまうということなのです。

でも、今回の映画のように、これまでの失敗や過ちに気づくこともあるでしょうし、ウォンカと父親のように、また良い関係を築き直すことだってできます。

立ち止まって親と子の関係について少し考えてみましょう

というそんなメッセージを、本作は伝えようとしている気がするのです。

③自分にとって本当に大切なもの

チャーリーがウォンカから工場を継いでほしいと言われた時の条件は、家族と離れ離れになることでしたが、そこでチャーリーはウォンカの誘いを断りますよね。

チャーリーにとって大切なものは、何よりも家族、でした。

しかし、ウォンカにとっては、これまでの経験から家族(父親)は自分の自由を邪魔する者、でしかありません。そんな家族とずっと一緒にいたいなんていう発想が理解できないわけです。

チャーリー以外の4人の子どもたちにもそれぞれ、大切なものがありましたね。食べ物だったり、勝利だったり、すべて思い通りに行く人生だったり、ゲームだったり…。価値観はそれぞれで良いのですが、

それって本当に自分にとって一番大切なものですか

ということです。

意外と大切だと思っていたことがそうでもないと、気づく瞬間ってありますよね。例えば、自然災害に直面するなどの危機的な状況に陥った時。お金がすべてだと思っていたのに、お金なんてまるで役に立たない。むしろ隣近所との助け合いや、家族との会話が、安心感や生活していくうえでとても大切だと気づくこともあるでしょう。

コロナ禍によって、目に見えるものよりも目に見えないものの価値が見直されています。お金や物や会社、そんなものよりも、人と人との繋がりがないと、私たちは本当に取り残されて辛い思いをすることがわかりました。

ウォンカは、これまで心を閉ざしてきましたが、家族や友だちなどの人との関わりによって温かい人生が贈れることに気づきました。人の助けを借りることも大事だとわかりました。

私たちにとって大切なものって何なのでしょうね。そんなことをふと考えさせられてしまう映画です。

チャーリーとチョコレート工場に
ウォンカとチャーリーが対比される意味

ウィリー・ウォンカはとても言動が妙に幼児的で、子どもや親とも会話がうまくできない人間です。冗談を言っても通じていませんよね(^-^;

ウォンカはむしろ子どもで、チャーリーは大人です。

立場が逆転していることが、この2人の課題ですし、本作の面白いポイントです。

今回、ウォンカはチャーリーの助けを借りて、父親と和解しました。家族とはいつでもやり直しがきく、という意味でしょうね。ウォンカは今回のことで成長したと思います。

しかし、私はチャーリーの方が気になります。子どもにしてはあまりにも出来すぎているからです(笑)これはファンタジーなので、と言ってしまえば終わりですが、こんなに素直で家族思いな子どもは存在するでしょうか…。その点が現実的ではなく、子どもらしさを押し殺して、あまりにも「良い子」で家族のために生活しているような気がして、心配なのです。

チャーリーはチャーリーで、今後自分の人生を歩むときに壁にぶち当たる時が来るでしょう。そんなときは家族も大事ですが、時にはめちゃくちゃなことをやってみるとか、友だちと冒険してみるとか、そういう子どもっぽい一面を発揮しないとしんどくなることがあるかもしれないな~と思います。

すべて良いバランスを見つけましょう

という意味なのだと感じます。極端な生き方は自分自身を苦しめることになります。

チャーリーが困ったら、友だちのウォンカに力を借りると良いのかもしれませんね(^^♪

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まとめ

ティム・バートン監督のヒット映画『チャーリーとチョコレート工場』で何が伝えたいのか、意味についても調べてきました。結論としては、

  • 家族の存在の大切さ

が大きなテーマとして流れていることがわかりましたね。

映画を観たときの感じ方は人それぞれ自由です。観るタイミングや年齢によっても受け取り方は変わるでしょう。何度も観てみたいですね!

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