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金糸銀糸の豪華な刺繍で飾られた「ちょうさ」と呼ばれる太鼓台が町を練り歩くちょうさ祭。五穀豊穣や豊漁を願う秋祭りで、華麗さときらびやかさで観る者を魅了します。高さ約5m、重さ約2tもの「ちょうさ」23台が3日間、町内各所で勇壮なかきくらべを繰り広げ、夜には提灯の光と囃子の競演で楽しませてくれます。


シシゾウ:ちょうさ祭はいつごろ始まったのですか?
合田:記録によると、文化文政時代には始まっており、180年以上の伝統があります。「ちょうさ」とは山車の一種の太鼓台のことで瀬戸内海沿岸各地の祭りに多く見られます。太鼓台という名の通り、太鼓を載せています。この祭りは本来、豊作と豊漁を祈願する豊浜八幡神社秋季例大祭として行われるものですが、神輿の運行に豪華絢爛なちょうさがお供することからちょうさ祭と呼ばれるようになりました。
シシゾウ:祭りには何台のちょうさが登場するのですか?

合田:23台のちょうさが各町から1台ずつ出されます。また、ちょうさのほかに席船(せきぶね)という漁師の船をかたどった山車も1台出て、神輿3台のお供をして町内を練ります。 ちょうさは高さ5m、幅3.5m、長さ12~13m、総重量約2tで、取り外しのできる台車がついています。ちょうさは200近い部品から成り立っていて祭りの前に組み立てられます。担ぎ棒付きの台には四本柱や高欄などが取り付けられ、装飾品として龍や虎、鷲などの図案を金糸、銀糸で豪華に刺繍した掛布団(かけぶとん)や幕、金色の縄に金色の房、一番上に取り付けられる真っ赤な蝶結びのとんぼといったものが華やかに飾り付けられます。今でこそちょうさは絢爛豪華ですが、昔は極めて簡素なものだったようです。それが長い歳月の間に各町で競い合うようにして新造したり補修をしていったことで、今ではどこのちょうさも甲乙つけがたい立派なものになりました。豊浜の人間は自分の町のちょうさが一番立派だと思っています。私も子どもの頃、自分のところのちょうさが一番だと仲間内で自慢しあったものです。
シシゾウ:豊浜町のみなさんにとって、ちょうさはどういう存在ですか?

合田:ちょうさは豊浜町の人間にとってかけがえのないものであり、情熱を傾ける対象です。現在のようにちょうさが豪華になり得たのも、郷土の先人の祭りに対する情熱の表れだと思います。ちょうさは1台製作するのに7000万円から1億円かかり、維持するのにもかなりの費用がかかります。豊浜町は人口が1万人ほどで、規模の大きい町内会でも戸数は200戸程度です。それだけの人数でちょうさを所有するのは容易なことではないのに、全戸数が20戸ほどの小さな自治会もちょうさを所有しています。そのことからも豊浜町の人々が、いかにちょうさに深い思い入れを持っているか、おわかりいただけるのではないかと思います。 ちょうさ祭は豊浜出身の人間にとっては正月以上に大事な行事で、盆正月に帰省しない人もふるさとに戻ってきます。祭りの最終日が第2日曜で、翌日は体育の日で休日ということから、その日に同窓会をする人たちも大勢います。

シシゾウ:ちょうさ祭のみどころはどこですか?

合田:ちょうさは町中をパレードする時は台車を引いて動かしますが、ここぞという場面では台車を外し、担ぎ手たちが神輿のように担いで頭上に差し上げたりします。これはみどころのひとつで、ちょうさを担(か)くと言います。台車を外したちょうさが3、4台連なって、よその町のちょうさに負けないように力と技の限りを尽くして担くことを「担きくらべ」と言い、ちょうさ祭最大の見せ場になっています。1台のちょうさは最低でも100人ほどの人数で担ぐのですが、約2tの重量があるので担ぎ手全員の呼吸を合わさないときれいに上がりません。3台ないしは4台が息を合わせて同時に差し上げに成功すると見ている人は拍手喝采です。担きくらべは体力を使うので10分も担けば担ぎ手はくたくたです。だから、ちょうさを担ぐ若者たちは祭りの3ヵ月くらい前から肩をならしたり、皆で息を合わせる練習をして祭りに備えます。
シシゾウ:担きくらべは、いつ、どこで行われるのですか?

合田:3日間の祭り期間で担きくらべが行われるのは2日目と3日目です。1日目に宮参りで豊浜八幡神社へ勢揃いした各町内のちょうさは、2日目の昼過ぎに再び豊浜八幡神社に勢揃いし、神輿が御旅所(おたびしょ)のある和田お祭り広場に向かうのを見送ってから、町内をパレードして同じく和田お祭り広場へ向かいます。広場に着くと、ちょうさは3、4台ずつ順番に担きくらべを行います。ここでの担きくらべが終わる頃には日が沈み、辺りは暗くなっています。そうすると、ちょうさは約100個の提灯をつけて夜仕様に変身します。提灯の灯りに照らし出されたちょうさも、なんともいえない美しさです。和田お祭り広場を出たちょうさは自分の町内に帰りますが、まっすぐには戻らず、夜の11時まで太鼓とお囃子を鳴らしながら町を練ります。3日目、神輿は和田お祭り広場の御旅所を出発し、豊浜港から船に乗り込み、沖に出て大漁祈願をします。ちょうさ23台は、海から神輿が戻ってくるのを出迎えます。それから神輿の次の御旅所のある豊浜一宮神社に集結し、境内の広場で順番に担きくらべをします。ここでの担きくらべがこの祭りのクライマックスで、担ぎ手たちは体力の限界までちょうさを担きます。この担きくらべを見ようと町内や近郊はもちろん、県外から毎年約3万人が集まります。


合田:豊浜一宮広場での担きくらべが終わると神輿は豊浜八幡神社にお帰りになります。ちょうさも「お入(い)り」と言って神社を目指します。ちょうさは神社の境内に入ると、今年の祭りはこれで最後ということで名残を惜しむ気持ちから本殿の周りを勢いよく回ります。ほとんどのちょうさは2、3周する程度ですが、担ぎ手が元気な町のちょうさはさらに多く回ります。提灯を揺らしながら、何台ものちょうさが境内を所狭しと駆け回るところは、祭りの最後を飾るのにふさわしい光景です。

シシゾウ:観音寺市豊浜町で合田さんのおすすめの観光スポットや特産物を教えてください。
合田:1市2町の合併で観音寺市になった旧豊浜町は瀬戸内海に面し、愛媛県と香川県の県境に位置しています。気候は温暖で農業が盛んです。町内のみどころとして、1年中ちょうさ祭の雰囲気が味わえるちょうさ会館をおすすめしたいと思います。ユニークな外観が人目をひくこの施設には、ちょうさの実物が展示されるほか、ちょうさ祭の歴史を紹介するコーナーや祭りの映像を見られる大シアター、実際にちょうさを担いだときの重さを感じられたり、太鼓を打てる体験コーナーがあります。祭りグッズも販売されているのでお土産を買い求められるのにもちょうどいいと思います。


合田:豊浜といえば、何をおいてもちょうさ祭です。伝統がある祭りですのでぜひ一度ご覧いただきたいと思います。特に最終日の一宮神社での担きくらべは必見です。一度見ていただけたら豊浜町の住民がどれだけ祭り好きかわかっていただけると思います。